2009年9月20日日曜日

自身の生まれる前のワインにロマンを感じるか?




20世紀の究極の当たり年、1945年!

第2次世界大戦終戦の年。
私が最も素早く反応する数字

(車のナンバープレートにも反応します^^;)

1945!!!

あの忌まわしい戦争が終結した年、

この神がかり的なヴィンテージは、

天の祝福がその一年の天候を造り上げたのか?
今までに何度この年のワインで涙した事だろう・・・。
収穫量が平年の十六分の一まで激減し、

そして16倍のパワーを宿したのか?

前出のMusigny1945Vovueと対を成すだろう、

究極のブルゴーニュ赤ワイン。
クロ デ ランブレイ1945


(Clos desLambrays1945)、


当時のオーナーのコソン夫人は 収益など全く眼中になく、ただひたすら自身の納得の行く

芸術作品としてのワインを追い求めた。
同、1937!!!年と共にブルゴーニュ赤ワインの巨星!

以下は、2002年2月11日都内某所にて鑑賞後の日記より
ブル史上空前の(偶然の(^^;)ワイン殿下!!!The 究極に料理不可。不安と期待が錯綜する中、リーデルブルグラスに殿下は降り立つ。・・・・ノンリコルク・・液面7cmのこの殿下はなんという・・・50数年を経て今だ中心部に黒みが見られる。溢れんばかりの果実味を湛えたような、健康優良児然とした色調。例外中の例外が3人の掌中に在る。恐る恐るグラスに鼻を突っ込む、シュルマテュリテ。ロティしたような、いやもっと!焦げたような、そして飛び跳ねるような果実味に全てが支配される。あ~~っなんていう事だ!!この自分の?グラスを支配する歓び、寒気がして鳥肌に襲われる。この存在感に比べあまりにもちまちま生きている自分が恥ずかしい。ずっと香りを楽しみたい気持ちをようやく抑え、おずおずと口中へ。マゼラン海峡も裸足で逃げ出す(^^; 吸い込まれるような深みを帯びた果実味。しかしこの質感にしてスーボアは表れない。なんとまだ若過ぎる・・ようだ!グラスに30ml程残し移り変わりを観ると30分してやっとトリュフが現れる。驚愕物という言葉を、いままで余りにも軽軽に使っていた。’45をボトルに半分残し、さて一息つき晩餐。伴走は、Clos des Lambrays1951、ブーションから、ひょっとすると若い血が入っているかも。しかし不自然さはなく、酸の引き締まった極上ブル。これは多分、あらゆるDRCの上を行くであろう!!全く信じられないバランスの良さ。コソン夫人の偉大さ、そして女性の偉大さに思わず話が進む。
飛び切りの食事が進み、’45に戻る。なんという深さを湛え続けてくれるのだろう。2時間たってもスーボアは殆ど現れない。永遠の命は有りえないが、この殿下から勇気と自信を分け与えて頂いたようだ。

なんとも・・興奮して恥ずかしい限りです(^^;
次回は、Romanee Conti1956!!!

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